スーツのクラシック回帰はモダンなのか?
スーツのクラシック回帰は、昨今のトレンドである。しかし、これはあくまでもトレンドであって、モダンスーツの範疇だ。ここでは、トレンドとしてのクラシック回帰ではなく、クラシックスーツについてまとめる。
クラシックスーツとは?
クラシックスーツは、ただデザインが古いだけのスーツではない。
クラシックスーツは完成している
クラシックスーツは、スーツの完成形のひとつである。そして、現代におけるスーツの基本となるものだ。完成しているということは、クラシックスーツに変化を加えたものは、クラシックスーツではなくなるということだ。
これは、現代のスーツが、クラシックスーツを模範に作られていることからもあきらかだ。クラシックスーツというものは、それまでのトレンドを反映しならがらも、ムダを削ぎ落とすことで完成した、スーツにおけるひとつの答えである。
着こなしにはルールがある
クラシックスーツには着こなしのルールがある。具体的には、肌と下着の露出を最小化することだ。たとえば、肌で露出がゆるされているパーツは、顔と首、手だけである。また、下着で露出がゆるされているのは、シャツの襟、胸元、袖先、靴下だけだ。
このルールは、クラシックスーツが完成した、20世紀イギリスのマナーや風土を反映したものだ。つまり、当時のイギリス社交上の常識にもとづいていて、かつイギリスの気候に合うように開発されている。
デザインが合理的に決まっている
クラシックスーツのデザインは、着こなしのルールと人体の構造にしたがい、合理的に決められている。
ハイウエストと深い股上
パンツのウエスト位置は高く、股上は深い。
これは、サスペンダーを使用するための仕様だ。サスペンダーでパンツを吊るせば、必然的にウエスト位置が高くなる。そして、股への食いこみを防ぐために、股上が深くなる。サスペンダーを使用する理由は、パンツのずり落ちとシャツの裾あがりを防ぐためにある。
狭いVゾーン
ジャケットおよびベストのVゾーンが狭い。
下着であるシャツを露出させないために、ジャケットやベストのボタン数を増やすためだ。英国スーツには3つボタン2つ掛け、もしくは3つボタン中掛けのジャケットが多い。しかし、日本のスーツではシングル2つボタンのジャケットが主流である。この違いは、英国人と日本人における体格の差に由来しているのだろう。
太いパンツ幅
クラシックスーツのパンツ幅は太く見える。つまり、現代のスーツと比べると、相対的に幅が太い。
逆説的ではあるが、これは現代のスーツが、近年のタイトブームによって極端にパンツ幅を細くしたためだ。本来、人体の動きに合わせてパンツをつくると、裾幅が16cmなどにはなりえない。
クラシック回帰には統一感がない
クラシックスーツとクラシック回帰の違いは、統一感が「ある」か「ない」かである。
クラシックスーツは、共地のジャケット・ベスト・パンツの三揃いで完成する。ジャケットやパンツ各々が、個とはなりえない。また、それぞれのデザインは合理的に決められていて、ディテールとして部分的に採用されるものではない(具体例は下記の本を参照されたい)。
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いっぽう、クラシック回帰では、パンツのタックや太いラペル幅といった、クラシックスーツがもつ特徴を部分的に採用している。しかし、そのほかのディテールでは、ベルトループやサイドアジャスターを使用していたり、Vゾーンを広くしていたりと、ところどころがモダンである。着こなしのルールと人体の構造にしたがいスーツをつくれば、このようにチグハグなことは起こりえない。つまり、ルールと構造のどちらか、またはその両方を犠牲にしているのがクラシック回帰である。
なぜクラシックスーツなのか?
ここで断っておくが、モダンスーツは否定されるものではない。しかし、「おしゃれは我慢」という言葉のとおり、モダンはまさにその道をいく。クラシックスーツには我慢を必要としない「おしゃれ」があり、それがクラシックスーツをおすすめする理由だ。
コストパフォーマンスが高い
クラシックスーツは、コストパフォーマンスが高い。スーツのコストパフォーマンスは、仕立て価格と耐用年数で決まる。もし、クラシックスーツとモダンスーツの価格が同じであれば、クラシックスーツのコストパフォーマンスのほうが高くなる。
クラシックスーツには、いつまでも着つづけられる普遍性があるからだ。トレンドを過ぎたモダンスーツは、物理的に着ることができても、精神的には着ることがむずかしくなる。
クラシックスーツのデザインは、将来的に変わることがない。なぜなら、クラシックスーツは20世紀に完成したスーツだからだ。この普遍性というものが、スーツとしてのコストパフォーマンスを決定している。
きごこちが良い
クラシックスーツはきごこちが良い。
クラシックスーツは、人体の構造や動きに合わせてつくられるからだ。とくに、パンツをウエストで固定しないため、下腹部への圧迫感がない。また、現代的なタイトスーツでありがちな、不自然な裾あがりや膝のつっぱりもない。
これらの特徴は、費用対効果にも影響する。人体の構造に合っていないスーツは、体の動き次第で不必要なストレスがスーツにかかる。それには、生地を傷める可能性があり、結果としてスーツの寿命を短くする。
クラシックスーツの問題は?
しかし、クラシックスーツにも問題はある。完成したのが1世紀前のイギリスであれば、現代の日本で着ることには、何らかの問題があっても不思議ではない。
デザインが堅苦しくみえる
クラシックスーツには堅苦しさがある。また、バランスを間違えると、古くさくもみえる。
この堅苦しさは、クラシックスーツのデザインが、現代におけるマイノリティだからだ。人は、見慣れないものを異質と見る傾向がある。そして、着実に浸透する服装のカジュアル化は、この傾向を一層に加速させていくことだろう。
クラシック回帰が現在のトレンドになった理由は、1周まわって古いものが新しく見えるからにすぎない。
着こなしがむずかしい
もっともクリティカルな問題は、着こなしのむずかしさにある。具体的にいうと、着こなしのルールにしたがい、常にジャケットまたはベストを着用することがむずかしい。常にジャケットまたはベストを着用する理由は、下着であるサスペンダーを露出させないためだ。
このむずかしさは、日本とイギリスの気候の違いにより生まれる。そもそも、クラシックスーツは、イギリスの気候に合うよう開発されたものであった。しかし、日本はイギリスよりも多湿であたたかい。日本よりも相対的に気温が低いイギリスだからこそ、できた着こなしであったということだ。
実際、ロンドンの夏では、日本のように30度を超える日はほとんどないと言われている。
最後に
これからクラシックスーツを着るかどうかは別として、スーツをたしなむなら知っているべき事柄をまとめた。なぜなら、クラシックスーツはスーツの基本であり、クラシックスーツがあってモダンスーツがあるからだ。
クラシックスーツは普遍的で変わらないが、我々の価値観は変わってきている。そのため、着こなしのルールを崩すことは、もはや問題ではないのかもしれない。それが、クラシックスーツを将来へ残すための、唯一の方法となる可能性もある。
スーツの歴史や各国における違いは、下記の本で分かりやすくまとめられている。
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また、同じ著者が、靴についても下記でまとめている。
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