筋肉痛と筋肥大のメカニズムに関係はあるのか?

筋肉痛は、トレーニングにおけるひとつの成果のように感じやすい。しかし、はたして筋肉痛は筋肥大と直接的に関係する現象なのか?今回は筋肉痛と筋肥大のメカニズムから、その関係性をまとめる。

筋肉痛は筋肥大の十分条件といえる可能性が高い

そもそも、「筋肉痛」とはなにか?ということを、しっかりと定義しておこう。筋肉痛とは、運動後に発生する筋肉の痛みのことで、英語ではDOMS(=Delayed Onset Muscle Soreness、遅発性筋肉痛)という。

「遅発性」という言葉にあるとおり、慣れない運動や高い強度の運動をした数日後に、遅れて発生することが多い。筋肉痛は運動から12〜48時間のあいだに始まり、筋肉痛の始まりから72時間以内で治るといわれている。

「痛み」というものは主観的なものであり、客観的に人が感じている「痛み」を測定することはむずかしい。しかし、筋肉痛が発生したときにみられる体の変化として、さまざまなデータがあつめられてきた。

筋肉痛をこのようなデータや、筋肥大のメカニズムと照らし合わせて考えると、筋肉痛は筋肥大の十分条件ではあるが必要条件ではなさそうだといえる。その理由は下記のとおりだ。

  • 筋肉痛はホルモンを分泌する
  • 筋肥大に筋肉痛は必須ではない

筋肉痛はホルモンを分泌する

筋肉痛の発生メカニズムは現在のところ解明されていない。しかし、筋肉痛が発生したときにクレアチンキナーゼの数値が上昇することが分かっている。クレアチンキナーゼの上昇は筋肉が疲労している(≒筋肉が損傷している)ということであり、IGF-1という筋肥大をうながすホルモンが分泌されていることになる。

筋肉痛のメカニズムは分からない

現在まで、筋肉痛のメカニズムは解明されてない。データから統計的に筋肉痛の発生を予測することはできるが、あくまでも仮説であり、「○○をすると筋肉痛が発生する」ということは証明できていない。

筋肉痛の発生メカニズムについては、これまでもさまざまな仮説が立てられてきた。しかし、それぞれの仮説単体では証明することができなかったことから、複合的な要素で筋肉痛が発生するものと考えられている。

Up to six hypothesised theories have been proposed for the mechanism of DOMS, namely: lactic acid, muscle spasm, connective tissue damage, muscle damage, inflammation and the enzyme efflux theories. However, an integration of two or more theories is likely to explain muscle soreness.
(DOMSのメカニズムについては、乳酸説、筋痙攣説、結合組織損傷説、筋損傷説、炎症説、酵素排出説の6つの仮説が提案されている。しかし、2つ以上の理論が統合されたものが筋肉痛を説明する可能性が高いと考えられている。)*1

クレアチンキナーゼの上昇と関係する

しかしながら、筋肉痛が発生したときにおこる体の変化としては、さまざまなデータがあつまっている。そのひとつが、筋肉痛と「クレアチンキナーゼ(CK)」値の関係である。

筋肉痛が発生すると、クレアチンキナーゼという酵素の数値が上昇する。クレアチンキナーゼは、筋肉を収縮させるときのエネルギー代謝に関与している。つまり、クレアチンキナーゼの数値が高いということは、筋肉が疲労していることを意味している。

It was reported that the level of CK was highest at 48–72 hours after eccentric exercise.
(収縮運動の48~72時間後、CK値がもっとも高くなることが報告されている。)*2

筋肉痛とクレアチンキナーゼの上昇には相関関係があり、クレアチンキナーゼの数値が高いとき、筋肉は疲労している。筋肉痛が発生しているなら、筋肉が疲労していてあたりまえのように感じるかもしれないが、疲労を感じるということも主観的なことだ。つまり、CK値の上昇というデータがあってはじめて、「筋肉痛=筋肉の疲労」ということを証明したことになる。

筋肉痛になるとIGF-1が分泌される

筋肉痛の発生は、筋肉が疲労していることをあらわす。筋肉が疲労しているとは、筋肉が損傷しているということであり、このとき、筋肉では「IGF-1」というホルモンが分泌されている。

Within injured muscle, these cells conduct phagocytosis, contribute to accumulation of intramuscular Ly-6C− macrophages, and produce a high level of IGF-I to promote muscle regeneration.
(損傷を受けた筋肉内では、これらの細胞は食作用をおこない、筋肉内のLy-6C-マクロファージの蓄積に寄与する。そして、筋肉の合成を促進するために、高レベルのIGF-1を分泌する。)*3

IGF-1とは、成長ホルモンに似た物質で、筋肥大はIGF-1の活動によってうながされることが分かっている。つまり、筋肉が疲労しているということは、体のなかで筋肥大が促進されている状態にあるということだ。

ここまでの理論をまとめると、つぎのようになる。

  1. 筋肉痛が発生する
  2. CK値が上昇する(≒筋肉疲労の発生)
  3. IGF-1が分泌される(≒筋肥大の促進)

筋肉痛が発生したときは筋肥大が促進される。すなわち、筋肉痛の発生は筋肥大の十分条件とはいえそうだ。つぎは、筋肥大のメカニズムを整理して、筋肉痛の発生が筋肥大の必要条件となるかを検証したい。

筋肥大に筋肉痛は必須ではない

筋肥大のメカニズムを破壊と再生、すなわち、「超回復」とするのは、話を単純化しすぎている。筋肥大は、筋たんぱくの合成をうながす「IGF-1」に注目するべきだが、「IGF-1の分泌」に対する「筋肉痛の必要性」は分かっていない。

筋肥大は超回復ほど単純ではない

筋肥大の発生は、「超回復」という言葉で広く認知されている。しかし、筋肥大のプロセスはそこまで単純なものではない。つまり、運動により破壊された筋繊維が、ある程度の時間をかけてより大きく再生される、というものではないということだ。

まず、筋肉(正確には「筋たんぱく」)というものは、つねに「分解」と「合成」を繰り返している。摂取カロリーと消費カロリーが同じときに体重が増減しないのは、筋たんぱくの分解と合成がバランスしているためだ。

筋たんぱくの分解と合成がバランスしているとき、適当な運動をすることで「分解」が促進され、同時に「合成」は抑制される。これを単純化すると、「筋繊維が破壊される」ということになるのだろう。

そして、運動をしてから少なくとも2日間ほどは、筋たんぱくの「合成」が促進される。このことを、「超回復」と表現しているのだろう。

しかしながら、後者の「合成」有意な状態というものは、かならずしも発生するわけではない。筋たんぱくの合成が促進されるかは、「IGF-1」の影響を強く受けるからだ。

筋肥大にはIGF-1を分泌させる

筋肥大のカギは、筋たんぱくの合成が促進されていることであり、筋たんぱくの合成が促進されるには、IGF-1を多く分泌させる必要がある。

IGF-1という物質は、筋肉からも分泌されることが分かっている。特定の筋肉へ負荷をかけると、その筋肉からIGF-1が分泌される。これは、脚を鍛えれば、脚に筋肥大が発生する説明になっている。

また、IGF-1の役割は、「mTOR」という分子を活性化して、筋肉の合成を促進することだ。つまり、筋肥大にはmTORによる筋たんぱくの合成促進が必要であり、そのmTORを活性化させるのがIGF-1、IGF-1を分泌させるのが筋肉への負荷、すなわち、「トレーニング」ということになる。

話をもどすと、IGF-1が多く分泌している状態では、筋肉痛も発生しているのか?ということが論点であった。しかし、IGF-1を多く分泌させるには、適当な強度のトレーニングが有効であることが分かってはいるものの、結果として筋肉痛が発生するほどの強度が必要かどうかは分かっていない。

筋肉痛の影響を最小化するには?

筋肉痛が発生するときは、筋肥大につながる可能性が高い。しかしながら、筋肉痛が筋肥大の必要条件とはいえないことから、筋肉痛の影響はなくすか、最小化するべきだ。

なぜなら、筋肉痛は肉体的・心理的なストレスにより、運動パフォーマンスを低下させるからだ。運動パフォーマンスの低下は、適当なトレーニングの妨げになるだけでなく、ケガの発生にも影響する。

筋肉痛を低減させるには、フォームローラーを使用したストレッチが有効な手段だ。

At times of severe DOMS, athletes can experience decrements in physical performance up to and beyond 72 hours postexercise. To combat the adverse effects of DOMS, a 20-minute bout of foam rolling on a high-density roller immediately postexercise and every 24 hours thereafter may reduce the likelihood of muscle tenderness and decrements in multijointed dynamic movements.
(重度の筋肉痛のとき、アスリートは運動から72時間を超えて身体能力の低下を経験する可能性がある。DOMS の影響を軽減するには、運動直後から 24 時間ごとに高密度ローラーの上で 20 分間のフォームローリングを行うことにより、筋肉の圧痛や多関節の動的な動きの低下を軽減することができる。)*4

また、筋肉痛の軽減に効果があるといわれるBCAAについては、その有効性を示すエビデンスをみつけられていない。

結局のところ、筋肥大は"No pain, No gain"ではないということだ。最近の研究では、IGF-1を分泌させる適当な運動とは、中強度かつ高ボリュームなトレーニングであるともいわれている。筋肉痛を指標にするあまり、強度の高い運動によって筋肉にダメージを与えてしまっては、本末転倒である。

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